田島伸二のブログ-Tajima Shinji

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zoom RSS インド国立文学アカデミーから刊行された10冊の寓話本について

<<   作成日時 : 2015/03/17 04:40   >>

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3日前の2015年3月14日(土曜日)、デリーにあるインド国立文学アカデミーから(今年は創立60周年)2冊の寓話本を刊行していただきました。またヒンディ語版なども現在準備されており、これまでにインドで刊行された寓話は、全部で10冊となります。すべて「びっくり星の伝説」や「大亀ガウディの海」など、環境問題や文明問題などの哲学的寓話が中心ですが、私が挨拶に立ったとき、「創作の目的や太平洋での核汚染」のことを話したら、あとで多くの人が、ガンジス川の深刻な汚染について真剣に話しをしてくれました。デリーの大気汚染にしても、中国と並んで最悪な環境に置かれているようです。とにもかくにも40年前から書いてきたたくさんの環境寓話が、このような大変な時期に広がっていくのはまるで夢のようです。



一般的にインド人の日本に対する感想は、非常に好印象の人々が多いのですが、中でも子どもたちや主婦層には、特にテレビ番組のアニメ、「ドラエモン」や「鉄腕アトム」が果たした役割が大きいようですね。いざとなると、日本のドラエモンやノビタや鉄腕アトムが、必ず助けに来てくれると思っているのでしょうか?日本に大きな期待を抱いているようです。日本が直面している深刻な問題も是非そうなってほしいものですが・・・・。

今年は、とても忙しいのですが、それでもまだまだ首が回ります(笑)。昔、ユネスコ(ACCU)で仕事をしていた1990年の国際識字年の当時、識字絵本の国際共同編集、タイのジョムチャンで開催された120か国参加の世界教育会議、アメリカで開催されたIBBY世界会議、フランクフルト・ブックフェアーで出版に関しての講演などに加えて、アジア地域の識字ワークショップの開催のため、タイのパタヤの海岸地域の村へ行ったことがあります。そのときは、アジア16か国から専門家を招請して識字教材作を製作する研修ワークショップを行っていたのです。期間は2週間、と同時にユネスコ本部の依頼による「アジアの女性のための識字教材」のビデオ撮影も映画監督などと一緒に同時進行していました。ところがある日、スタッフの一人の杜撰な資金管理によって、持参したワークショップ経費全部を盗まれるという事件が起きました。なんと彼は鍵もかけずに机の引き出しに大金を入れておいたというのです。

そして次の朝、私が起床した時、なんと私の首が猛烈に痛くて全く回らないのです。まるで潜水艦の潜望遠鏡のようにゆっくりゆっくりとは動かせるのですが・・・首が全く回らない・・・というのはこういうことだなと妙に納得がいきましたね(笑)。こうした体の状態が2年間も続いていたのですが、あるとき仕事で中国の北京に行ったとき、中国のユネスコで働いていた友人が、「それはお困りでしょう。それではわが国最高の東洋漢方の医者」を紹介します。彼はわが国の首相も診ている名医です。もちろん無料です」と言って、肩書は海軍の大尉でしたが、私に漢方治療を行ってくれました。なんと30分だけうつ伏せになっただけ、背中に少し熱した素焼きの器を6個ほど並べて置いてくれましたが、まるで全身から悪い血を吸い取るような気持ちです。それからなんとも不思議、首の痛みが全く消えてしまったのです。東京でさまざまな医療機関に診てもらっていたことが嘘のようでした。それ以来、健康問題は全く起きていません。2012年の夏には、不眠症などが少しありましたが、今は全く回復して、なんとも元気です。



14日の出版記念会が終了した直後、私は突然呼び止められました。そして、実に821ページもあるぶ厚い本を、共同翻訳者であるSubramanian氏からいただきました。これは1934年から1947年にかけてタミール州のPudmaipittan氏によって書かれた99編の短編集からなる翻訳本、国立文学アカデミーのSahitya Akademiから刊行されました。内容は実にリアルな物語が多く、ぜひゆっくり読んでみようと思っています。また私の友人の画家A.Ramachadran 氏は、昨年の11月、なんとこれよりもぶ厚い作品カタログ2冊を刊行されました。そして特別航空便で送付してくれたのです。さすがインドですね。これだけ厚い本なんて、日本では電話帳か広辞苑ぐらいですね。



私はアジア各国で、こうした本の寄贈をよく受けるのですが、いただいた直後は嬉しさと同時に「あっ、これは重たいぞ。持ち帰るのが大変」といつも悲鳴を上げるのですが、自分の本になったら話は全く別、平気で寄贈するのですから(笑)。しかも、私は、現在99編どころか、「雲の物語」では1000篇を書こうとしているのです・・・しかしこれまでの30年間に完成したのは、実際にはわずか30篇。これに比べれば、この本の著者は、お見事ですねー13年間に99編を書き上げているのですから、すごいです。彼は、伝えたいメッセージに溢れているのです。

「たくさん書くよりも、本当にいい作品を1篇でもいいから書き上げることだ」と親しい友人の声が、いつも響いてきますが、私は全く耳を貸さず、今も懲りずに、1000篇の「雲の物語」を書き上げる夢を実践しているのです。

香港からニューデリーへのジェットエアーの飛行機の中で、中国からインドの仏跡を参拝訪問する青年僧侶たちと隣合わせとなりました。中国の新しい仏教の風を熱く感じました。私はたどたどしい筆談やジェスチャーでコミュニケーションするのですが、彼はもっぱらスマホとタブレットを自由自在に駆使して、彼の活動を視覚的に紹介してくれるのです。その昔、中国へ渡った空海なども、その昔、彼のような存在だったのではないかと想像しましたが、人生、恋愛、戦争、平和、環境問題など、多岐にわたって議論し、千年以上にわたる日本と中国の関係を熱く感じたものでした。戦争中の日本軍の「南京虐殺」について謝罪すると、彼は「thank you」と答えました。「そう思って下さることに心から感謝します」ーというような意味でした。

インドー中国ー日本への関係は、仏教の由来してきた道を意味しますが、豊臣秀吉は、逆に天竺(インド)の地を占領するために、 明(中国)に攻め上ろうとして、朝鮮半島では虐殺に次ぐ虐殺を重ねました。片や仏教の伝来した道で、人間を生かそうとしたのでしたが、片や天竺や明の領土まで奪おうとするー人間を滅ぼそうとする道だったのです。日本人という存在は、歴史を振り返っていくと、歴史をいくら反省しても反省しすぎることはありません。そういう意味では、現代の日本も、その因果関係の中に生きているのです。それだけに中国の若い僧侶との交流は実に新鮮に思えました。



現在、宿泊しているデリー市内、パハールガンジーにある安ホテルの周りの環境です。前々から、デリーの雑踏の中にある安ホテルに泊まってみたいと思っていました。ネットで予約して、深夜午前2時に、プリペイドでタクシーに乗ってホテルに着くと、案内されたのは1階のなんとなく消毒液の臭いのする部屋ーそのためすぐに部屋を替えてもらったところ最上階にある窓のある気持ちのいい部屋に案内されました。風も吹き、WIFI環境もよく、たくさんの果物も買って楽しく過ごしています。安ホテルは、高級ホテルよりもはるかに学べる刺激的な場所です。しかし夜に出歩くと、なんだか新宿歌舞伎町にいるようなネオンサイン環境ですね。




さて明日からは、昔、学生時代を過ごしたインドの西ベンガルに夜行列車で出発する予定。約16時間ぐらいかけてデリー駅から西ベンガル州まで、約1200キロの汽車の旅ー列車内で物語の創作を続ける予定です。


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