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zoom RSS 「学校を消したい!」ー自殺した群馬県小学生6年生の願い事

<<   作成日時 : 2012/03/04 09:26   >>

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2010年、 群馬県で自殺した小学校の6年生の願い事は、「学校を消したいこと」「もしも透明人間であったなら、「うらむ人にいままでやられたことをやりかえす」とカードに書いていたという。

「そんなことを言う子どもではなかっただけにショック」とカードを読んだ母親は語ったという。
友だち関係で追い詰められ、孤立して死を選んだ12歳の女の子。「お前は臭い。あっちへ行け」

容赦のない酷い友だちの言葉が毎日、背中に突き刺きささっている。それは母親がフィリピン人であったことから始まっている。人は、相手の弱点を見つけて攻撃することがあるが、子どもはいつも大人社会の裏返し。クラスのみんなが、それぞれグループで給食を食べているときもたった一人で、給食をたべていた。だれも声をかけない。だれも誘ってくれない。さびしく冷たい給食の時間・・・・・・

このような学校にだれが行きたいものか!
だれがこのような給食を食べたいものか・・・・・


日本の教室空間は深く病んでいる。そのことを認めたくない現実も子どもたちの世界を包んでいる。教師の中には、なにも感じないし、なにもしようとしない現実もある。教師は、本来、最も感受性の強い人がなるべきだが・・・そのような現実は、今の日本の小学校には少ない。校長にいたると、どんな事実があっても、いじめの存在を認めようともしない。自らの進退に響くからだ。そして教育委員会や文科省は硬直化している。文科省には、表面的な改革ではなく、本質的で構造的な大改革が必要だ。それは人間や子どもの再定義が必要だと言う事だ。

自殺したその子は、小学3年の秋から1年間通っていた愛知県の学校の同級生あてに、
「あのね、中学になったら、大阪に行くんだ」、「みんなのことわすれるはずないよ! だってすごく楽しかったんだもん。 これからもお手紙でお話しようね」 とイラスト付きで書いていた。しかしその手紙は投かんされていなかった。


ーかって私は、ミャンマーの教育大学で働いていたとき、幼稚園の先生が教材として作成した、「ドリアンとパイナップル」という紙芝居を作った。「ドリアンとは、南アジアに広く分布している世界で一美味しい果実だと言われている。それはかぼちゃぐらいの大きさで、その実はとても美味しく、硬い殻(から)ととがった鋭い刺(とげ)に守られ、強い匂いがあるとてもユニークな果実。この果物が登場する紙芝居。


「ドリアンとパイナップル」

ドリアンとパイナップルは大の仲良し。二人は体や格好は、ちょっと異なっているが、いつも仲良く遊んでいる。あるとき、パイナップルが、「ドリアン君、君は少し臭いね」と言った。

するとドリアンはものすごく怒って、パイナップル君に飛びかかった。するとパイナップルは傷だらけになってしまい、そして大声で泣き始めた。ドリアンはびっくり・・友だちのパイナップル君がそんなに柔らかい体をしていたとは思ってもいなかった。

パイナップル君は、とうとう寝込んでしまった。すると一緒に遊べなくなったドリアンは、自分のした行為を深く反省して、パイナップルの家に謝りに行った。

「パイナップル君、君がそんなに柔らかい体をしているとは知らなかった。ごめんね。許して!」
するとパイナップルも言いました。
「ぼくの方こそ、ドリアン君に、臭いってひどいこと言ったね、許してね」

こうしてお互いは許しあって、それから二人は一緒になかよく遊んだ」
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ミャンマーの学校では、多様な民族出身の子どもたちが学んでいるが、こうした子どもたちがお互いの生活や文化を理解しあうためには、このように簡単ながらも知恵の深い物語が必要である。。これを作った幼稚園の先生は、人間ひとりひとりが違ったものをもっていて、それを尊敬することがいかに重要かを伝えたかったのだと思う。


頭から教訓的に教えずおもしろく寓話化したお話は、紙芝居という方法で、子どもたちの心に深く染み込んでいく。」日本の教室にも、ドリアンのような子やパイナップルのような子が無数に存在している。体がとても強い子、あるいは言葉や性格がとても繊細な子どもたち・・・こうした子どもたちに、このような紙芝居を見せると、幼いときから言葉で厳しく教唆しなくても、こうした寓話が、デリケートな感性や想像性を深く刺激して、相手の立場にたつことの重要性を考えさせてくれるのではないか。

日本の教室空間は深く病んでいる。そのことを認めたくない現実も子どもたちの世界を包んでいる。教師の中には、なにも感じないし、なにもしようとしない現実もある。教師は、本来、最も感受性の強い人がなるべきだが・・・そのような現実は、今の日本の小学校には少ない。校長にいたると、どんな事実があっても、いじめの存在を認めようともしない。自らの進退に響くからだ。そして教育委員会や文科省は硬直化している。


自殺したその子は、小学3年の秋から1年間通っていた愛知県の学校の同級生あてに、
「あのね、中学になったら、大阪に行くんだ」、「みんなのことわすれるはずないよ! だってすごく楽しかったんだもん。 これからもお手紙でお話しようね」 とイラスト付きで書いていた。しかしその手紙は投かんされていなかった。


現在、学校の教室の仕切りを取っ払った開放的な空間作りが進んでいるという。それはどこからでも子どもたちのいじめを発見することができるからだという。そして職員室には、監視カメラが設置されようとしている。それは、職員室から、子どもたちの日常をきちんと監視できるからだという。

教室は、スーパーマーケットではない。万引きを取り締まるような発想や監視体制が教室にあふれるときには、そこには子どもたちのは存在していない。監視カメラでは捉えきれない「心」や、見えないものを見れるようにするのが本当の教育の場であるはずなのに・・・・・・・そこには想像する力や多様さにおける教育スキルが決定的に欠けている。


日本は、多様さの中で苦しんでいる諸外国の教材から多くのことを学ぶことが出来るのではないか。


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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
そんな現実があるのですね。胸が痛みます。私も現在の教育には疑問を持っています。監視カメラの設置なんて信じられません。子どもは監視されるために学校に行くのでしょうか...
滋賀の学生
2012/03/07 18:08

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