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zoom RSS リテラシーと子守唄の因果関係とは?

<<   作成日時 : 2009/05/08 11:34   >>

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人間には豊かな言葉が必要です。生まれて生きて死んでいく一生の中でどのような言葉に出会ったかが、人生の豊かさを決めてくれるものでしょう。そして子どもたちは、それを待っているのです。

その中で、「子守唄」の存在は、母親との赤ちゃんとの母語を通じての一番大切なスキンシップで、そして「識字」の原点にあるものです。人間にとっての最初の識字は、もちろん文字ではなく言葉ですから、その豊かな言葉が母親の体温を通じて、リズミカルに赤ちゃんに届けられるとき、新しい生命は、生まれて初めて生きる喜びや安心感を無限に感じるのです。それが生涯にわたって、深い安心した魂を形成していくように思います。これは幼少期における最も重要な言葉の課題です。

私は、戦火の続くカシミール地域、アフガン難民の母親、カレン族の母親の家での録画など7-8年にわたって、録音してきたものの中から、子守唄のいろいろの側面について考えてきました。おびえる子どもたちにお母さんが平常心で伝える愛の言葉なのです。私も、ビルマにいたときカレンの子守唄を教えてもらいました。私もよく唄っていました。その内容は、お母さんから子どもへというのではなく、子どもからお母さんにお願いしたいと唄っているものでおもしろいものです。

これは手作り絵本や布の絵本の世界に通じるものと一緒です。子守唄は、むずかる子どもをなんとか寝かしつけようとお母さんが必死に、しかも最も優しく伝えたいとしていますから、これを聞いてみると世界共通ですね。しかし日本の子守唄は、貧困のため小さな子どもたちが子守に働きに行かされて、それを歌ったものがかなりあり、悲しい曲が多いのですが、私が育った中国地方では、単純な唄ですぐに眠りたくなるような唄が多いですね。お母さんは昼間の労働で疲れていたから、早く寝かしたい一心だったのでしょう。

私はアジアの音楽の収集もやっていたのですが、特に「子守唄」は、今のICLCセンターの基礎ともなっているもので、特に録画できないようなアフガニスタン、南アフリカの子守唄、ビルマ(ミャンマー)、ラオス、インド、カシミール、
パキスタンなどで多岐にわたっています。これから、子守唄は、ICLCのインターネットテレビで、広く紹介を始めようと思っているところです。韓国の親しい友人カン・ウーヒョン氏は、ナミソムと言うところで、歌の大きな博物館を創って活動しています。

子守唄には、多くの良さがあるのですが、現代人は赤ちゃんをすぐに便利な乳母車や快適な空間におくことが多く、直接的なスキンシップを嫌う傾向がありますね。しかもCDや音楽などたくさんありますから、すぐそれに代替させてしまうのです。そして耳からだけ情報として聞かせようとしているのです。テレビ漫画やビデオ音楽で寝かしつけてしまうのです。

ですから、子守唄は今のデジタル時代に最も必要な、幼少期の子どもの魂を形成するスキンシップ言語です。
そこにはお母さんの体温を通じて伝える言葉による豊かなコミュニケーション活動という要素を占めています。これが、現代社会の中で蘇っていくことを心から願っています。(たじましんじ)

子守唄とリテラシー
人間の生き方についてのリテラシー
人間性のリテラシー
Humanity(ヒューマ二ティ)について
食べ物リテラシー
メディアリテラシー
音楽リテラシー(ミュージック・リテラシ)の項目を参照

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